猫路   藤田雅矢


 どうやら道に迷ってしまったようだ。

 人混みの大通りを避けて、裏道からショートカットするつもりだった。狭い路地を通り抜けると、見覚えの無い場所に出てしまった。

 まだ昼下がりだというのに、薄ぼんやりとして、やけに静かだった。

 しばらく進んでも、車一台通らないし、人も見かけない。日陰は少し苔くさくて、早足になった自分の足音だけがやけに気にかかった。

 ふと、前の家の入口に猫の姿が見えた。

 あれは、うちのチビじゃないか。どうしてこんなところにいるのだろう。たまに脚が汚れていると思ったら、家を抜け出してこんなところまで来ているのか。

「チビ」と呼びかけてみた。

 チビは驚いたように二本の脚で立ち、大きく瞳を開いてこちらを見た。

「おや、ご主人さま。どうやってこんなところに来られたんです」

そのときは、チビがしゃべったことに何も違和感が無かった。

「ここは猫路。わたしたち猫にしか来られないところ、ここを通っていろんな場所に抜けるんですよ」

 そんな道があったとは……。

「気をつけないと、捕まって猫にされてしまいますよ」

「えっ」

すると、うしろから声が聞こえた。

「あ、人間だ」

振り返ると、そこにはたくさんの猫たちがいた。近所でよく見かけるでっぷりと太った黒猫を先頭に、三毛猫、白猫、シャム猫やラグドールまで、隊をなしてこちらに向かってくる。

「どこから来たんだ」

「人間のくせに」

「捕まえろ」

 猫たちは口々に叫びながら、どんどん近づいてくる。

「この白線の上だけを歩いて、あの明るく見える方へ進んでください。元の町に出られるはず」

 そういって、チビは明るく見える道路の先を示した。

「ありがとう、チビ」

「あ、途中の右手の道はダメですよ。狸街に続いてますから」

「わかった」

チビのいう通りに、白線の上をはずれずに進んだ。途中の右手の道を覗くとそこは暗くて、奥には提灯の明かりが見えた。

そのとき、後ろから車のクラクションが聞こえた。白い軽自動車が近づいてくる。とたんに空が明るくなり、街の喧騒がよみがえった。

振り返ると、もうそこにチビの姿はなく、遠くにあの黒猫の姿が見えた。車が通り過ぎたあと、黒猫はすたすたと姿を消した。

そして、大通りに出ると、道行く人たちはみなニャーニャーと話しているのだった。






藤田雅矢
SF系もの書き&植物育種家

惑星と口笛ブックスの巨大アンソロジー『万象』に書いてます。